「人間(成人)は、毎日生きる中で、仕事・休養・愛情・信仰の四つが同じバランスであることが望ましい」と、いつか読んだ<アメリカの心理学者の言葉>ことを、折々思い出しています。
彼によると、この「生き方」が実行されると、丸い、円満な人格と人生が実現する。それは人間にとって<社会・国家にとっても>素晴らしい生き方である!!ということでした。
「仕事」は説明の必要は無いと思います。が、現在の日本では、「仕事をしている」よりも「仕事に追われている」と言う感じがありますし、目隠しされた馬車馬のように、仕事路線を突っ走っているようにも見受けられることです。(悪いことではありませんが、”余裕を持つことが望ましい”とこの学者は言っているのだと思います)
「休養」は、精神的・肉体的・時間的なそれがありますが、現代の日本では、アメリカの心理学者の言う時間よりもはるかに少ないような気がしています。
「愛情」は、身近な人間関係のことを言っているのだと思いますが、これは一言で説明するのは困難であります。が、夫婦・親子・兄弟姉妹・近親者・友人知人・会社や学校での人間関係を、暖かく、思いやりやいたわりあいを持って「お互いに”いい気持ち”で生きてゆくための心のあり方」の表現でありましょう。
愛情の無い人は人間ではないのだと思いますが、そして、愛情の無い人は無いのだと思いますが、「それの溢れた人、あるのに表現の少ない人、冷たい?人」が一般的には考えられます。
また、ある人に対しては暖かい、が、ある人に対しては冷たい!?という表現もあるようです。
愛情の表現には「遺伝」がからみます。で、その出現によって、同じ人でも、同じ人に対しても、あるときは暖かく、ある時は冷たく・・・という表現もあるようです。
いつでも、誰に対しても、暖かく接したいものであります。
「信仰」はこれまた説明が難しいものですが、また、彼がどういうつもりで語ったのか知りませんが、私は、「天地自然を尊崇し、ご先祖に感謝し、人間の奥底にある”生命”の尊厳性をお互いに尊びあう」ことが「信仰」の真意ではなかろうかと日々考えながら生きて<生かされて>います。
<これは大問題であり、また一人ひとりの考えが違うものであると<真実は一つであるにしても>考えますので、皆様、折々にお考えになってください>
「人間」とは誠に”フシギ”な生き物であります。
その本質の解明はなかなか出来ないものと考えますが、このような教えを、感じ、実践していますと、その一端に触れることが出来るのではないだろうか・・・という気がする昨今であります。
2008年10月31日金曜日
2008年10月8日水曜日
美しい上高地

私は新婚旅行で「上高地」に行ってきました。ただし、この時は、「美しい上高地」の自然を鑑賞し味わう余裕は無かったようです。
子育ても終わり少し時間と余裕が出来ましたので、ここ数年、大好きな(なぜか大好きです)上高地を、年に1-2回(一泊のバスツアーですが)訪れています。
上高地の自然はいつも変わりませんが、天候はその度変わります。
何回か訪れた上高地で、そのシンボルと言える「穂高連峰」の全容をを頂上まで見ることが出来たのは今回が初めてです。カンゲキしました。
右の写真は大正池から見たもので、まだ少し頂上が雲に隠れていますが、こんなきれいな写真が撮れたのも初めてです(ちなみに、パナソのコンパクトデジカメで、3-4メガで撮りました。メガ数については、いつかまた説明したいと考えています。今、1000万画素!とか流行っていますが、私もいろいろやってみましたが、「3-4百万画素」できれいに撮れます。A3まできれいに印刷できます)
左の写真はそのあと到着した「河童橋」からの眺めです。
上高地についての感想を書こうと思ったのですが、これは次回にします。
今日は上高地ー穂高をご覧になってください。
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